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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)194号 判決

大阪府豊中市庄内西町5丁目17番6号

原告

田中産業株式会社

同代表者代表取締役

谷口満範

同訴訟代理人弁理士

小原和夫

濱田俊明

沼波知明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

高野善民

田辺隆

関口かおる

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和61年審判第588号事件について平成5年8月5日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「包装用袋」とする別紙意匠目録記載の意匠について、昭和58年11月30日、意匠登録出願(昭和58年意匠登録願第52138号)をしたところ、昭和60年10月17日、拒絶査定を受けたので、昭和61年1月6日審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和61年審判第588号事件として審理した結果、平成3年7月25日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。原告は、平成3年11月6日、東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したところ、平成4年7月30日、審決を取り消すとの判決を受けた。特許庁は、平成5年8月5日、再び、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その謄本は、同年11月4日、原告に送達された。

2  本願意匠の構成態様

本願意匠は、「包装用袋」の構成態様の創作に係るものであって、

(1)  基本的構成態様について、

〈1〉 表裏が縦長方形の袋体(包装用袋体)において、

〈2〉 その上端(辺)と下端(辺)の中央付近に、同型の提手を相対して、外方に突出するように配したものとし、

(2)  具体的構成態様について、

〈1〉 袋体の上端を開口部とし、その内側縁面にファスナーを縫着し、その外側の開口部縁端付近の左右全体にわたって細帯状の補強材(片)を当着し、その左右両端付近(したがって、袋体の上辺左右両隅部)に小円形状の貫通孔を設け、

(a)上方の補強片には周囲縁際に、(b)袋体の下辺にはやや内寄りに、(c)袋体の両側辺には縁際に、(d)袋体の四隅においては、補強片を除く斜めに、それぞれミシン目様のステッチを配したものであり、

〈2〉 また、前記の提手は、上下別体とし、かつ上下を同形とした、扁平略「コ」の字状のものを、上方のものは相重なるように2本、下方のものは1本配したものである。

3  審決の理由の要点

(1)  本願意匠の構成態様は前項記載のとおりである。

(2)  本願意匠の特徴

本願意匠に係る包装用袋は、一般に「穀粒袋」、「穀物収納袋」、「穀粒用袋」等の名称で呼ばれているものであって、それは紙、布、合成樹脂等で形成された穀物等の収納用袋であり、その使用方法は、袋体の上縁部両側に設けた小円をコンバイン等から突出している並行支持杆に必要枚数嵌合させ、上記支持杆に袋体を吊設支持し、コンバイン等から送出される穀物を袋体の上端部に設けられた開口部から充填し、充填後は、開口部に縫着されたチャックを閉し、提手をもってこれを持ち運び運搬するなどして使用するものである。

本願意匠の、上記基本的構成態様のうち、袋体を扁平な縦長方形のものとすること(2(1)〈1〉)、上記具体的構成態様のうち、袋体の上端を開口部とし、その内側縁面にファスナーを縫着し、その外側の開口部縁端付近の左右全体にわたって細帯状の補強片を当着し、その左右両端付近に小円状の貫通孔を設けること(2(2)〈1〉前段)は、本願意匠の主要部と認められるが、極くありふれた形状であり、さらに具体的構成態様のうち、その四隅及びその周縁にミシンがけして強化すること、特に、袋体の上方の補強片の周囲縁際、下辺のやや内寄り、四隅にミシン目様のステッチを配すること(2(2)〈1〉後段(a)(b)(c)(d))も、極くありふれた形状及び模様の結合である。

そこで、本願意匠の特徴は、上記基本的構成態様を、袋体の上辺と下辺の中央付近に、同型の提手を相対して、外方に突出するよう配したものとし(2(1)〈2〉)、上記具体的構成態様を、その提手を上下別体とし、かつ上下を同形とした、扁平略「コ」の字状のものを、上方のものは相重なるように2本、下方のものは1本配したものとする(2(2)〈2〉)ことにあることになる。

(3)  本願意匠の創作容易性について

〈1〉 上記基本的構成態様のうち、提手を袋体の上辺と下辺の相対する位置に配することは周知であり、その中央付近に、同型の提手を相対して、外方に突出するように配したものとすることは、ものの性質上容易であり、かつ、この種意匠の属する分野において極めて広く知られたことである。

例えば、一般の手提げかばんでは、袋体の開口縁端の中央付近において、持運びのため、提手を、特に紙製もしくは布製の略「コ」の字状の態様のものを突出して、重ね合わせるように設けることは周知であり、したがって、これら事実に鑑みれば、穀物を袋体の上端に設けられた開口部から充填し、その持ち運びの便のため上辺の開口縁端の中央付近に提手を相重なるように取り付けることは、当業者に限らず誰でも極めて容易に着想できるものであるところ、公開実用新案公報、例えば(a)昭和50年実用新案出願公開第153042号公報、(b)昭和54年実用新案出願公開第165221号公報、(c)昭和54年実用新案出願公開第81807号公報、(d)昭和54年実用新案出願公開第81808号公報、(e)昭和57年実用新案出願公開第101748号公報の記載及びこれら各公報に係る出願の明細書及び画面を撮影したマイクロフィルム(以下、それぞれを「周知例(a)、(b)、(c)、(d)、(e)」という。)によれば、本出願以前より、この種意匠の属する分野において運搬のため両側端部特にその上辺と下辺の中央付近に同型の提手を相対するように取り付けることは、既に広く知られていたと推認できる。

ちなみに、周知例(c)によれば、その実用新案登録請求の範囲には、中央部分の「穀物袋の上下両端より突出した取手」を設けることを前提とした考案の記載があり、さらに周知例(d)によれば、その実用新案登録請求の範囲には、「コンバイン等…挿入口を…有し、かつ、上端縁には、チャック付の開口部を形成した穀粒袋において、該穀粒袋の上縁中央部分および下縁中央部分にはそれぞれ取手を設けてなる穀粒袋」の考案が開示されている。

〈2〉 そして、上記具体的構成態様のうち、提手について、扁平略「コ」の字状のものとすることは、先にみたようにこの種意匠の属する分野に限られず周知であるから(例えば周知例(b)の明細書参照)、これを前述の広く知られた穀粒袋の提手の配置手法に従い、袋体の上下に別体とし、上方のものは相重なるように2本、下方のものは1本配することは、当業者にとって、極めて容易といわざるを得ない。

〈3〉 したがって、本願意匠については、法目的に沿う一定水準以上の格別な創作があったとすることはできない。

(4)  結論

本願意匠は、穀物等の収納用袋である物品「包装用袋」の構成態様の創作について、この登録出願前より、(a)そのうちの袋体として明確に抽出できる構成態様に、この種意匠の分野において広く知られた固有の特色ある穀物等の収納用袋体の構成態様を採用し、(b)その上下端に、これも同様に明確に抽出できる構成要素に周知の提手の構成態様を採用して、(c)これらの各要素の結合についてこの種意匠の属する分野において前記の従来より極く普通に知られた配置方法に従い、単に結合した程度にすぎないものであって、着想が容易で、その結合態様(構成態様)が通常想定される効果以上に出ず、当業者であれば容易に創作できたと認めざるを得ない。

以上のとおり、本願意匠は、意匠法3条2項に規定する意匠登録の要件を具備せず、登録することができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)は認めるが、同(3)、(4)は争う。

審決は、本願意匠の構成態様(1)〈2〉及び(2)〈2〉がこの種意匠の属する分野に広く知られていたと誤って判断した結果、本願意匠は意匠法3条2項に規定する意匠登録の要件を具備しないとしたものであって、違法であるから取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、本願意匠の創作容易性について、上記基本的構成態様のうち、提手を袋体の上辺と下辺の相対する位置に配することは周知であり、その中央付近に、同型の提手を相対して、外方に突出するように配したものとすることは、ものの性質上容易であり、かつ、この種意匠の属する分野において極めて広く知られたことである、とするが、審決の上記判断は誤りである。

一般の手提げかばんでは、袋体の開口縁端の中央付近に提手を突出して重ね合わせるように設けることが周知であることは認めるが、この構成は物品を穀物等の収納用袋とする意匠の属する分野においては周知ではない。

審決が示す周知例(a)ないし(e)は、いずれも未審査の段階で発行される実用新案出願公開公報であり、その発行件数は膨大で、当業者にとって、そのすべてを閲覧して内容を精査することは到底不可能であるから、これらの公報が刊行されていたからといって、この種意匠の属する分野において上記構成が周知であったとはいえない。

また、審決は、周知例(a)ないし(e)を示して、袋体の両側端部特にその上辺と下辺の中央付近に同型の提手を相対するように取り付けることは既に広く知られていたと推認できるとするが、そのようなことはなく、むしろ周知例(c)、(d)に記載された考案は、「穀粒袋の上下両端より突出した取手」を新規な構成として出願されていることからも、上記構成がこの種意匠の属する分野において周知の技術的手段でないことが明らかである。

したがって、この点の審決の判断は、意匠法3条2項の「日本国内において広く知られた形状、模様、もしくは色彩又はこれらの結合」の意味を拡大解釈したものであって、違法である。

(2)  取消事由2

また、審決は、上記具体的構成態様のうち、提手を扁平略「コ」の字状のものとすることは、周知である、とするが、審決の上記判断は誤りである。審決が示す周知例(b)も、出願公開公報であるから、当業者にとってこれを閲覧して内容を精査することは、不可能であり、この公報が刊行されているからといって、この構成がこの種意匠の属する分野において周知とはいえない。

この点の審決の判断は、上記同様の意匠法3条2項の解釈を誤ったもので、違法である。

さらに、審決は、広く知られた穀粒袋の提手の配置方法に従い袋体の上下に別体とし、上方のものは相重なるように2本、下方のものは1本配することは、当業者にとって、極めて容易といわざるを得ないとするが、取消事由1で述べた構成が周知といえない以上、審決の上記判断は誤りである。

(3)  取消事由3

周知例(a)ないし(e)は、すべて実用新案公報であって、意匠公報ではない。すなわち、「包装様袋の本体のいずれかの部位に提手をつける」ことを考案として、つまり技術的思想として想到する者が一部に存在した事実を立証するにすぎず、逆からみると、本出願前には、これを意匠として、つまり物品の美的外観として創作しようとした者が存在しなかったことが推認できるのであり、むしろ本願意匠の斬新性が窺われる。したがって、本願意匠には、保護に値する知的労働が見出されるとするのが自然である。

この点の審決の判断は、意匠法3条2項の「容易に意匠の創作をすることができたとき」を不当に適用したものであって、違法である。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1について

審決が提手を袋体の上辺と下辺の相対する位置に配することは周知であり、袋体の中央付近に、同型の提手を相対して、外方に突出するように配したものとすることは、ものの性質上容易であり、かつ、この種意匠の属する分野において極めて広く知られたことである、としたことに誤りはない。

このことは、審決摘示の周知例のほか、(f)昭和56年実用新案登録出願第124356号明細書及び図面(以下「周知例(f)」という。)の存在により明らかである。周知例(f)によれば、少なくとも事実上の当該考案の登録出願当時の昭和56年8月(原実用新案登録出願日は昭和52年8月)頃には、脱穀機やコンバインによって処理収穫した穀類の収納用袋において、一端を開口させてファスナーチャックにより開閉するようにした方形状の穀類の収納用の袋体(方形状のもの)の対向二辺に、通常のトランクや鞄のように袋体の構成輪郭外に提手をはみ出させていたものが、広く知られていた事実が確認でき、そして、当該考案の実施例に関する記載を勘案すれば、提手の取付位置は、袋体の長手方向の側縁部の中央付近であることが明らかである。

(2)  取消事由2について

審決が提手について、扁平略「コ」の字状のものとすることは、周知である、としたことに誤りはない。

扁平略「コ」の字状の提手は著名であって、一般に極めて広く知れ渡っており、提手を取り付ける場合、極く普通に想到する構成である。

取消事由1についての審決の判断に誤りがないこと前述のとおりであるから、この判断の誤りを前提とする取消事由2についての原告の主張は理由がない。

(3)  取消事由3について

意匠法は、特許法、実用新案法とともに知的財産法における創作法の一環をなす法制であって、これら法制は、産業技術に係る創作の奨励を図るべく、積極的あるいは消極的な登録要件を定め、概ね、自己の創作に基づき、その競争状態における新規性、創作性(進歩性)の要件を満たす格別の創作について、その主体にいわゆる「受ける権利」を認めて、一定の期間、各創作法毎に異なる理由、異なる観点からこれを保護するものである。したがって、1つの創作物でも、各法制の要件を満たす限り、それぞれの法制の保護対象となり得る。特許法及び実用新案法の保護対象である技術的思想の創作から導き出される、物品を構成する具体的な構造もしくは実施態様は、物品の形状等の創作物を保護対象とする意匠法上の意匠の構成要素となり得ることはいうまでもなく、その実施態様がそのまま意匠の成立要件を満たすものであることは、よく経験することである。

そして、実用新案等の公報は、むしろ当業界における知的創作の水準を計る基礎資料として恰好の素材であって、これらの公報の記載事項に基づき本願意匠の創作容易性を判断した審決に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願意匠の構成態様)、3(審決の理由の要点)及び本願意匠の特徴が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉 成立に争いのない甲第3号証の2によれば、周知例(a)の実用新案登録請求の範囲には、「筒状に構成した袋本体の両袋口に簾れ組織部を形成してこの簾れ組織部に口締紐を挿通し、袋口より突出する吊下げバンドの両端部を同一平面状に並べて補強布と共に口締紐より袋の中央寄りで縫い付け、両袋口の内側に膨出体を設けたことを特徴とする大型両口通い袋」、図面には別紙意匠マップ(1)(a)の記載があり、同第5号証の2によれば、周知例(b)の実用新案登録請求の範囲には、「支持杆挿通孔…の間に開閉自在口…を形成した袋体…の適宜個処へ、前記挿通孔…の径よりも大なる差込空間…を有する手さげ部…を2個対応設置してなる穀粒袋の構造」、図面には別紙意匠マップ(1)(b)の記載があり、同第3号証の4によれば、周知例(c)の実用新案登録請求の範囲には、「コンバイン等の本体側より突出している一対の並行支持杆の間隔より広い間隔である挿入口を上縁左右側に開口させ、前記支持杆に前記挿入口を嵌合させて吊設支持し、前記上縁部にはチャック付開口部を形成した穀粒袋において、前記穀粒袋の側面の中央部分には、両手を入れて引伸したとき、前記穀粒袋の縦の巾よりも大きい環となる環状紐または帯を任意の手段で取付け、前記紐または帯の穀粒袋の上下両端より突出した折返し部分を取手となしたことを特徴とする穀粒袋」、図面には別紙意匠マップ(1)(c)の記載があり、同第5号証の4によれば、周知例(d)の実用新案登録請求の範囲には、「コンバイン等の本体側より突出している一対の並行支持杆の間隔より広い間隔に設けられている挿入口を上縁左右側に有し、かつ、上端縁には、チャック付の開口部を形成した穀粒袋において、該穀粒袋の上縁中央部分および下縁中央部分にはそれぞれ取手を設けてなる穀粒袋」、図面には別紙意匠マップ(1)(d)の記載があり、同第5号証の6、7によれば、周知例(e)の実用新案登録請求の範囲には、「穀粒を充填する籾袋を、滑動性を有する内壁材と、比較的摩擦抵抗の大きい外壁材との重合で構成したことを特徴とする籾袋」、考案の詳細な説明には、「籾袋…は袋口にファスナ…を有していてこの袋口を開閉可能に形成すると共に、籾袋…の上端両側部に把手…を設け、穀粒充填後における籾袋携帯の至便を図るように構成している。」、図面には別紙意匠マップ(1)(e)第5図の記載があることが認められる。

以上によれば、穀物その他比較的重量のある物を収納する袋体について、昭和50年頃から運搬作業等を容易にすることを課題として考案がなされた結果、本願意匠の出願された昭和58年頃までには、この種意匠の属する分野において、提手を袋体の上辺と下辺の相対する位置に配すること、提手は同型であって相対して袋体の外方に突出するように配することは、周知であったと認められ、この提手を袋体の中央付近に配することも、重量のあるものを収納するということからして容易に想到する性質のものであり、かつ、前記証拠からして周知であったということができる。

さらに、成立に争いのない乙第1号証の1、2によれば、周知例(f)の明細書の考案の詳細な説明には、「脱穀機やコンバインによって処理収穫した穀類を収納させるのに、従来方形状をなし、一端を開口させてファスナーチャックにより開閉せしめるようにした麻ないしナイロン製の袋が用いられているのであるが、該袋の持ち運びする際に使用する提手を対向二辺がわに設けるとしても、通常のトランクや鞄のように本体の構成輪郭外に提手をはみ出させているので、両手ないし二人で当該袋を提げたとき袋自体が地面に接近する方向に彎曲変形して手首より遠去かるため運搬を困難ならしめるのであり、本考案はこの提手を当該袋の方形状とされた構成輪郭内における対向二辺の端部近くに取着させるようにしたものである。」との記載があることが認められ、これによれば、少なくとも当該考案の出願時である昭和56年8月頃には、穀物を収納する方形状の袋体について、一端を開口させてファスナーチャックにより開閉せしめるようにした袋体の対向二辺に、本体の構成輪郭外に提手をはみ出させているものが、広く知られていたことが推認でき、このことからしても、前示周知性についての審決の判断に誤りはないというべきである。

原告は、周知例(a)ないし(e)は、いずれも公開実用新案公報であって、当業者が膨大な数の公報すべてを閲覧、精査することは不可能であると主張するが、同公報は、出願後一定の期間を経過したときは、審査の終了を待たずに出願に係る技術内容を一般公衆に知らせることを目的として、特許庁長官が刊行頒布するものであって、当業者がその属する技術分野に関する技術情報としてその内容を了知することは容易であるうえ、前記各書証によれば、穀物その他比較的重量のある物を収納する袋体について、当業者間において昭和50年代に運搬作業等を容易にするため種々の改良が考えられていたことが認められることからしても、周知性を否定することはできないというべきである。

(2)  取消事由2について

袋体の提手について、これを略「コ」の字状のものとすることは、トランクや手提げかばんのように、一般に極めて広く知られている形状であり、前記甲第5号証の2によっても、周知例(b)には、穀粒袋に略「コ」の字状の提手を付けたもの(別紙意匠マップ(1)(b))が記載されており、成立に争いのない乙第10号証によれば、昭和50年実用新案出願公開第9316号公報には、袖折り畳み式手提げ袋に略「コ」の字状の提手をつけたもの(別紙意匠マップ(2)(a))の記載が、同第11号証によれば、昭和55年実用新案出願公開第156045号公報には、両用手さげ紙袋に略「コ」の字状の提手をつけたもの(別紙意匠マップ(2)(b))の記載が、同第14号証によれば、意匠登録第117162号公報には、昭和30年11月30日登録として鞄に略「コ」の字状の提手をつけたものの記載が、同第15号証によれば、意匠登録第217328号公報には、昭和37年8月31日登録として手提鞄に同様の形状の提手をつけたものの記載が、同第16号証によれば、意匠登録第332752号公報には、昭和46年6月3日登録として手さげ袋に同様の形状の提手をつけたものの記載が、同第17号証によれば、意匠登録第361583号公報には、昭和48年1月31日登録として手さげ袋に同様の形状の提手をつけたものの記載が、それぞれなされていることが認められる。

以上によれば、穀物袋を含む袋体一般において、提手を扁平略「コ」の字状とすることは、本出願当時広く知られていたというべきであるから、この形状がこの種意匠の属する分野において周知であるとした審決の判断に誤りはない。

また、前記乙第1号証の1、2によれば、周知例(f)の実用新案登録請求の範囲には、「方形状とされた構成輪郭内における対向二辺の端部寄りの位置に提手を設け」る構成について、「対向する二辺は、一辺が開口されるがわであり、他方が上記開口に対向する端辺である」(別紙意匠マップ(1)(f))との記載があり、同第11号証によれば、昭和55年実用新案出願公開第156045号公報には、両用手さげ袋に略「コ」の字状の提手をつけるについて、「底部取手」を1本、「口部取手」を2本とする(別紙意匠マップ(2)(b))との記載があり、このような考案も袋体について広く知られていたものと認められることに照らすと、穀物袋の意匠の属する分野において、略「コ」の字状の提手を、広く知られた提手の配置方法に従い袋体の上辺と下辺の相対する位置で袋体の中央付近に、外側に突出するように配するにあたり、上方のものは、相対するように2本、下方のものは1本配することは、当業者にとって、極めて容易に想到し得るものと判断される。

したがって、この種意匠の属する分野において前示のとおりの意匠を創作することに一定水準以上の格別な創作があったとすることはできない、とした審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

意匠法は、特許法、実用新案法等とともに知的財産における創作に保護を与え、その利用を図り、もって産業の発達に寄与することを目的としているところ、実用新案法は、物品の形状、構造又は組合せに係る考案の保護及び利用を図るものであり、意匠法は、意匠の保護及び利用を図るものであって、前者は、自然法則を利用した技術的思想の創作を、後者は、物品の形状、模様、色彩又はそれらの結合によって示される美的外観を権利の客体とするものである。各法律は、このように、異なる観点から制定されているから、1つの創作物でも、各法律の要件を満たす限り、その法律の保護対象となり得るものである。

したがって、実用新案法の保護対象である技術的思想の創作から導き出される具体的な構造もしくは実施態様が、意匠法の保護対象である物品の美的外観の構成態様となる場合があることは、当然であって、そうすると、実用新案法上の考案が周知性を帯びた場合、その具体的な構造もしくは実施態様から生ずる美的外観もまた周知性を帯びる場合があることは、否定できない。

したがって、原告が主張するような、実用新案法上の考案の出願がなされたとしても、意匠法上の出願がなされていない以上、それは、意匠として、つまり物品の美的外観として創作しようとした者がいなかったことを推認させるとする考えは、採ることができない。

3  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がなく、審決が、本願意匠について、この種意匠の属する分野において広く知られた各構成要素を、従来より極く普通に知られた配置方法に従い、単に結合した程度にすぎないものであって、当業者であれば容易に創作できたと認めざるを得ず、意匠法3条2項に該当し、登録することができないとした判断は、正当である。

第2  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

意匠目録 本願の意匠

意匠に係る物品 包装用袋

説明 左側両図は右側面図と対称背面図は正面図と対称

〈省略〉

意匠マップ(1)

〈省略〉

〈省略〉

意匠マップ(2)

〈省略〉

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